No Regrets in Bathing

カレーを週に一度食っていく

「入って後悔した風呂はない」

風呂というのは、なぜだか入るまでに敷居が高い。面倒なのだ。だけど入ってしまえば、風呂に入ったことを後悔はしない。

これ、糸井重里の発言という話を聞いているけど、実はソースがない。結構、多面性のある言葉だと思う。

自分は風呂にはいることを結構躊躇することが多い。同じように、きっと、残りの人生、色々なことを躊躇しまくるのだと思う。だけど、必要なのは、自分の背中を自分で押すことなのだろう。テストを書く。ドキュメントを書く。ちょっとしたことでも、面倒だけどやろう、と。

あと、もう一つ書きたいことがある。

割とこの歳になってくると、普通に同年代の人が事故死して、ころころと死んでしまう。 自分もころっと死ぬかもしれない。そして、特に世の中に影響もなく、自分のやってきたことは消えてしまうだろう。そのことを納得出来るだろうか?きっと死後や死の直前に、自分は納得出来ないだろうな、と思う。そもそも、その時には意識が無いだろうし。

生きているうちにしか、納得することは出来ない。だから、納得を後回しにしてはいけない。風呂に浸かり、「なるほどなるほど、なるほどですね~!風呂は気持ちいいなぁなるほど」と、だらしなくシナプスを発火させながら、自分の行動に対する絶大な納得感とともに、ただただ時間を浪費していきたいなと思う。